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再び [心と身体]

 又お会いしました。全然存じ上げない85歳の方に2度お声を掛けられてお元気を喜んで居ましたら昨日又その方にお会いしました。エレベーターでご一緒になったその方は又声を掛けて下さったのです。同じ言葉で「私すごい年何ですよって。私お顔を覚えて居ないけど言葉を覚えていたので、あっと思い何だか嬉しくなりました。2度目はつい自分の年齢を言ってしまってがっかりさせたみたいなので今回はウワーお元気ねと言ったけれど、あの人は3度も同じ言葉を掛けた私を憶えてはいらっしゃらないようでした。高齢者85歳はとてもお元気だけれど衰える処もあるのですね。当然ですが。あの人の笑顔と少し寂しさも感じた次第。魚暮らしと言う記憶力維持というサプリを飲んでいます。認知症になりませんように。

彌 叡
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本を読む [独り言]

 若い頃はロシア文学に熱中したし忙しかったときは岩波文庫をポケットに入れて10分程の合間に色々読んだけれど最近は自分で本を買ってくることがなくなっている。先日三省堂を歩いていて端っこにある純文学のコーナーに立ったら何か久し振りにときめきました。読むことがどういう自分へのプラスになるか解らないけれど何十年ぶりのこの気持ちは無視したくないなと思っています。買ってくる迄もなく我が家には沢山の文学書もあるし…と言いながら旧仮名づかいの本も多いのに苦笑したり生きてきた歴史を思い出したりしました。人間の想いは動くものですね。私の兄弟姉妹は、皆文才があって、歌人あり作家あり私以外は名前が通って居たのでクリニックの奥さんが多忙を極めていた事もあって眺めるだけでした。これからゆっくり姉の作品も含めて読書を楽しもうかしら。です。

彌 叡
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いのちのうた [独り言]

 歌唱教室は6カ月で10曲を仕上げると言うシステム,もう15年もう通っているから300曲は歌って居るのだが,日常口ずさむのはその中の何曲かです。今毎日口ずさむのは「いのちのうた」離れられずに居ます。今時の歌は歌えないと言っていたけれど、はまりました。世界中の曲を歌いましょうと言う、教師がソプラノ歌手なので難しい歌が多いけどこの歌はすぐに入れたのです。何故か涙が出て来て最後の有り難うという辺りは涙を拭きながら歌っているけれど、何故涙が出るのと自分に問いかけているのです。自分が旅立つ日とかさねて居るのかも知れませんね。何か仕事をしているとき何時も鼻唄を歌っているけれど今はいのちのうただけ、凝っています。

彌 叡
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十年前のこの日 [独り言]

 あの日私は、たまたま上京していた娘と買い物に出ていました。突然発生したあの日大地震にどうしようも無く長い時間を過ごし、漸く当時の頼りになるお弟子さんが迎えに来てくれて帰宅しました。母上、只今参上と少しおどけた顔で現れた青年の顔は今も忘れません。有り難うございました。一方で仙台に残っていた娘婿に連絡が取れず本当に心配して夜通し電話をかけ続けたけれど、彼の親友が秋田から食料を持って駆けつけてくれて無事が確認され、その友情に感激したり、なお続く余震の中被災された方々に申し上げる言葉も無く、大変な災害でした。もう十年経ちましたけれどまだ復興していない場所が沢山有ると聞きます。天災とは言え国はこんなにも無能無策なのかと怒りが湧いてきますね。日本は地震国、何故国政は備えないのだろう、私自身は政治に興味も無いけれど大好きな日本は常に住みやすい安全な国であってほしいと思っています。私ももう92歳生きているうちの願いはまあ無理でしょうが子や孫や曾孫の時代が今よりいきいきしてほしいと時折思います。あれから既に十年ですね。

彌 叡
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久し振りのお裁縫

 針を持つことなど何年も無かったけれど、椅子のカバーに取り組んでいます。祭壇の正面にある何時も当主が座る椅子、これを置いて何年になりましょうか。何処も傷んでいない素朴な椅子、随分汚れてきて取り外すのは大変、業者に依頼すると1ヶ月も掛かると言うことなので私取りあえずカバーを作ろうと思い立った訳です。しかし我が家のミシンはかたりとも動かない状態、結局親しい娘さんのミシンをお願いする始末になったのですが。さて上手くいきますかしら。私の最後の手仕事になるかもしれないけど何とか仕上げたい、形が微妙だから少し頭も使わなくてはです。春3月…新年度に間に合えば良いけど。頑張ってみます。

彌 叡
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ノーマル [生き方]

 この所コロナウイルスの影響ばかりではないと思うけれど、妄想作意自己顕示がはびこっていて、何が真実なのかを冷静に判断しないと自分までが巻き込まれそうになる。自分が素直なほど信じてしまうから気がついたら驚く事態になっていたりするから気を付けねばと時代の変化に怖れさえ感じてしまいます。自分の鈍さだけではなくて周りに惑う人達が増えたら何が正しいのかも解らなくなるかも知れませんから。でも個人のつきあいはノーマルでいたいし本音で居たい。と言いながら策に引っかかったりしてしまったりして私は、この所自分を顧みながらノーマルに生きたいと願っています。人の作意を感じたときの寒い想いは負でしかありませんから。素直に明るくノーマルで居たいですね。

彌 叡
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雛祭り [独り言]

 何時も便箋などを買っているお店に行きました。その時期に合わせてさまざまな飾り付けが情緒のある店頭は買い物をしなくても楽しい場所です。今は雛祭りのお飾り、中に千代紙で折ったお内裏さまとお姫様が有りました。折り紙は最近凄い技術で吃驚しますが、このおひな様も繊細で何処をどう折ったらこうなるの?と不思議な位複雑でキレイ。ひとしきり眺めて昔の自分と重ねました。女姉妹が何人か居ると銘々にお雛様を買うのも大変、大抵は七段飾りを1台買って皆で楽しみますよね。最終的にそれがどの子に行くのかが一寸問題だったりして。[わーい(嬉しい顔)]私の家では末っ子が結婚するときに持って行きました。嫁入り道具の一つみたいに。お雛様は幾つになっても夢を見させてくれます。折り紙のお雛様は3月3日を過ぎても飾っておけるけど矢張りやめました。今更3日を過ぎても飾っていたらお嫁に行き遅れるよと言う昔の言い伝えを気にしたわけでも無いけど、笑。でも先に逝った夫の許に又嫁ぐためかしら?―結構楽しいひとときを過ごして帰りました。

彌 叡
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約束 [生き方]

3月朔日神様の日に当たり思い出しました。私は、余りお喋りではないし、どちらかと言えば黙って人の話をじっと聞く性格、でもハッキリ言葉を正確に話したい方だから時には強く聞こえることがあるかも知れません。ゆえに神様に約束したのです。神は宣言してお約束し行う存在、先日心に決めてお約束したのです。手を合わせ祝詞を口の中で唱えながら再び宣言致しました。人様の耳に触るような言葉を心する、出来れば自分からは言葉を発しない、案外これが難しいのです。失礼になりかねませんからね。それこそ心する事です。でも気付きました。改めて私は、お喋りではないし、不愉快に思った人はほとんど居なかった、たった一部だけだったって!そんな事感じたこともないと沢山の方々がおっしゃって下さって、少し安堵しましたけれど今後も神との約束は一生守ります。時に無口になったらごめんなさい。ただ気持ちは今楽なのです。生きるのは難しいね!?

彌 叡
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